トップページ 最新情報 会社概要 花火の化学 花火の雑記 花火写真館 花火動画館 競技会成績 お問い合せ
歴史と伝統 日本の花火
花火雑記 花火BOOKS
花火と生きる
花火と生きる
プロフィール  
1963年生まれ。大学卒業後、家業であるホソヤエンタープライズ入社。 日本全国の花火大会に加え、海外での花火打ち揚げを行うほか、映画やテレビ番組、ステージでの特殊効果、海外の工場への技術指導などの業務を展開。 趣味は単車(ハーレー・ダビットソン所有)。特技は空手。 細谷圭二
花火師になるきっかけ
花火屋の息子だったからというよりは、純粋に花火そのものに魅せられてこの世界に入ったという感じです。はじめは家業を継ぐという意識はなかったんです。「花火ってどうやって打ち上げるの?」小さい頃から、そう聞かれるのが一番嫌でした。だって、何にも知らなかったんだから。家が花火屋だってことはもちろんわかってるんだけど、それ以上は知らない。興味もなかったし。大学だって経済学部ですから。私が花火と出会ったのは22歳の時。父親が「ちょっと手伝ってみるか」といって、打ち上げの現場に初めて連れていかれたんです。「玉を筒口に入れたら、すぐ離れろ。ぐずぐずしていると怪我するぞ!」そういわれて、打ち上げやらされた。炸裂する轟音、そしてかなたから押し寄せる怒濤のような歓声を聞いたとき、体が震えた。父親を恨みました。何で今までこんな面白いことを教えてくれなかったのかって。今の言葉でいえば「ハマッタ」わけです。そう、一発で。
修行時代  
職人を志したのはそれから。まず会社に入社し、先輩の職人さんたちから仕込んでもらった。修行は厳しくてね。何かというと、すぐに拳骨や蹴りが飛んできました。でも、とにかく好きだったから休む間も惜しんで、励みました。その甲斐あってその後、隅田川両国花火大会で優勝したりするまでになりました。こうなると、もっと上を目指したくなって、うちではまだ作ったことがない三尺玉(直径90cm)をどうしても作りたくなったんです。そこで3尺玉の名人といわれる新潟県加茂市の阿部煙火工業(株)阿部正平氏に弟子入りをお願いした。花火大会で会うたびに、弟子入り志願しては断られ、それを数年繰り返した。花火の製造技術は門外不出。おいそれとは同業者の4代目を弟子にはしない。粘って粘ってやっとどうにか弟子にしてもらいました。3年間新潟で修行しましたが、自社でやってた時の何倍も厳しかった。賞なんかもらって、どっかで天狗になっていたんでしょうけど、見事にその鼻をへし折られ、技と礼節をたたき込まれました。叩かれながら教わったというか、とても厳しかったですから。それも今思えば、ほんと親心でね、おかげさまで初心に返って一からやり直そうって目が覚めました。普通の人には教えてくれないようなことまで教わって、念願の二尺玉(直径60cm)、三尺玉の手ほどきを受けました。 三尺玉
一人前の花火師になるには  
昔から「玉貼り3年、星かけ5年」と言われていたように、花火作りは体で覚えるしかないんです。ウチの若い職人も国家試験には一発で通るけど、作業を覚えるにはやっぱりそれなりの年月はかかります。花火には設計図もないし、試し打ちもほとんどやりませんから、最終的には職人の経験と勘がものをいうんですよね。 星作り
やりがい
計算通りに行かないところで自分なりに工夫するおもしろさがあるでしょうし、ひらめきが絵になった時の達成感がうれしくて仕方ないという気持ちもあります。そして何よりも、自分が作った花火を大勢の人たちが見てくれて喜んでる様子にたまらない満足感を覚えます。
世界の日本花火
若い人たちの中には、日本が世界一の花火の国だということを知らない人も多い。以前香港で花火を打ち上げた時、日本人の観光客から「さすが本場、香港の花火は凄いね」なんて言われたこともあります。もう「何言ってんだ!」って感じでした。やっぱり打ち上げ花火は日本が一番じゃないですか。数多くの職人が命懸けで伝えてきた日本の伝統芸術に誇りをもっていますから、世界中の人に見てもらいたいと思っています。いままで行った国は、アメリカ、カナダ、ドイツ、ハンガリー、そして香港等ですが、どこの国へ行っても地を揺るがすような大歓声は同じです。何度やってもこれは堪りません。それから、一度グランドキャニオンでやったことがあるんですが、ああいう日本ではありえない、特殊な風景の中で見せる花火も面白い。世界中のいろんな風景の中でいろんな花を咲かせてみたいものです。
これからの花火作り  
花火大会は会場の環境や条件によって内容が違ってきます。狭い、広いで花火の大きさ・種類が制限されますし、与えられる予算で規模が決められるんです。花火師は、そういういろんな条件を考慮しつつ、お客様を満足させるショーを作り上げなければならない。しかも限られた時間の中で。まん丸く開くもの、柳のようにしだれるもの、仕掛け花火など、色も形も多種多様な花火をどのように組み合わせたら一番効果的か、その演出方法を考えるのも花火師の仕事の一つです。いくら一発、一発がすばらしくても、その組み立て方が悪ければ、それらのよさが生かされずに全くつまらない花火大会になってしまいます。いい花火大会にできるか否かは、花火師のプロデュース次第といってもいいくらいです。 そのために、ファッションの傾向や流行色などいろんな情報を常にチェックしています。花火屋がマーケティングなんて言うと笑われそうですが、どんな世界でも市場調査を行い、時流をとらえていくことは大事でしょう。伝統の上に胡座をかいていたのではマンネリ化した花火大会になってしまいます。先人の技を今に生かしつつ、新しいものをどんどん取り入れていって、「こんな花火見たいことない!」と人を感動させる花火を作っていきたい。そしてもっと皆さんに楽しんでいただきたいです。 私の師匠は40年以上花火を作っていましたが、「今までに自分で納得した玉は一発あるかねえかだ」と言っていました。自分はまだ17年。一発でも多く、お客さんに喜んでもらって、自分でも「よし」と思える花火を上げていきたいものです。 花火